今日から「くらぜん五周年企画展」
今日から
くらぜん五周年企画展はじまりです。一ヵ月皆様、宜しくお願いします。
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今日から
くらぜん五周年企画展はじまりです。一ヵ月皆様、宜しくお願いします。
以前「墨俣の春」に登場した姉弟さんたちです。
昨年は花ばかり描いていて、今年は動物、子供を描いて、たまに梟を描いて…。
後半に入ってからはブログに時間を費やしています。
ひょんなことからYahooのブログまで開くことになりあちらはスパムが低いので管理してないととんでもない方が訪問してきてたり・・・。でもコメントも訪問者も圧倒的に多い。
でも、やっぱりここが落ち着く。
コスモスあちらこちらで咲いてますね。
秋桜って素敵な漢字ですよね。郷愁をさそうというか、このポストカード見てると子供のころのこと思い出します。
そう、モモちゃんはコスモス畑を基地としてかくれんぼ。(絶対誰にもわからへん。)自分の頭の上に花がいっぱい咲いている。
「モモちゃ~ん。モモちゃ~ん?」かくれんぼ、だんだん皆見つかってモモだけが最後に残る。そのうち誰の声も聞こえなくなり、(やった私の勝ちや!)と思って出ようとしたら秋の日は短く、夕闇。
(どうしよう。今何時やろ?皆帰ってしまったんや。モモだけ残ってしまった。)コスモス畑がジャングルに見えてきてそのまま何処か遠くの世界にいってしまいそうで不安でいっぱいになった時、ぐいっと手を引っ張られ「何時まであそんどるの!」おかあちゃん登場。
怒られた事より、ほっとした事の方が大きくて、目汁鼻汁出るわ出るわ。最後にはひきつって泣きながら「おっ、おっ、おかあちゃん…。」ごめんなさいが続けて出てこない。「何でごめんなさいって素直にすぐ言えへんの、いっつもいっつも心配ばっか掛けて…。」
ほんまに今でもこんな身体になってしまって心配ばっかやなあ~おかあちゃん。ごめんなさいの代わりや、ありがとう。
虎の尾の花芽が伸びました。
なんだかよほど環境の良いところで花芽はつくそうですが、結構外にだしっぱなしでほとんど手をかけないうちに…。
お花までもう少し。
今年はアトリエの前に、にがうりのカーテンを作ってもらいました。
昨年は冬瓜だったのですが、肝心の昼間になると大きな葉っぱが萎んでしまって役にたたない。私が暑さに負けて入院して、退院してきてらすごーく大きな冬瓜が今にも落ちそうに生っていました。
にがうりのカーテンはそれほど昼間も葉が萎むことなく。役割を果たしてくれました。昨年の冬瓜はわたしの食を満たしてくれたので、食物の実りには感謝です。
kaa-baの代表に収穫をおすそ分けしたら、「にがうりの砂糖漬け贈るから」と届いたものは漬物というより砂糖菓子。「来年はバザーに出そう、モモの食べれる物はアレルギー患者の方も食べれるだろうし…。」等など話は鬼も笑う来年の事に「モモ楽しいこといっぱい考えて死ぬんじゃないよ。」と談笑。
にがうりの砂糖菓子、夏茶碗のおもてなしにもいかがなものかしら…。
先だけど11月に乳癌検診予約しました。
去年まだ今頃入院してたんだ。それで、乳癌みつかって細胞とるとき石灰化があってその下にあったので、太い針、というかドリル刃のように見えたけど…。麻酔してもらったけど大変だったな。
マーモグラフティーっていうのかなあれの方が大変だった。繊維筋痛症でただでさえ体中痛いのに乳房をはさみこむ。流石にいままでいろんな検査受けたけど悲鳴を上げたのは初めてでしたよ。
去年は幸いに良性だったので無事だった。あんなに痛い思いをしてもまた受ける。町から無料クーポンが来たから。
前に書いたよね。
流石に今日は疲れてるので。
今話題の新聞エコバック。kaa-baさんが私の新聞記事が掲載されたので作ってくれました。
とても好評です。
問い合わせなどありましたらプロフィールにある後援会の方へメールおねがいします。
※せっかくのご訪問うれしく思います。是非とも足跡(コメント)を入れておいて下さるとうれしいです。
秋ミョウガと美濃和紙太郎
秋ミョウガを頂いて丁度きれいにざるにいれられていたので和紙太郎と撮影。
春摘みの四葉のクローバーのお誕生日カード。好評をいただいておりまが、私は変色止めをしていないので今のは色がもう少しアンティークぽいです。
今朝リハビリの散歩で、この秋はじめての四葉のクローバーに出会いました。
春のシーズンは毎日見つけておかげさまで、ラミネートして販売することが出来ました。
四葉のクローバーを頭の上に載せると妖精が見えるそうですよ。
虎の尾から花芽が!今朝は母に教えてもらって、びっくりどんな花咲かせるのかな?
秋咲きのグラジョラス。
淡いオレンジピンクで夏を惜しむようにというか秋咲きなので秋を告げるように咲いてます。
ピンクのばらのなかからなにやら緑色の物が出てきてます。なんでしょう?
今朝は、お墓参りに連れて行ってもらいmした。彼岸花がいっぱい咲いていましたが、カメラをもっていかなかったので残念。
家にかえって玄関を見ると信楽のお狸様の隣に秋のお花がいっぱい!
吾亦紅・りんどう・けいとう・菊など
なかなか絵を描こうといういう気力がないので見つめるばかりですが…。
アクセサリーの昔の写真が出てきました。
懐かしくて載せてみました。
コロコロシリーズとして、大好きなカメラで撮りました。デジタルのないころので一眼レフを買ってうれしくって撮りまくり、気がつけば現像代の請求書の山m9(^Д^)プギャー
ふくろうさんだけじゃ生活できませんからね。いろんなことしましたね…。
今日は冬のお布団出してもらって干してもらったので、お部屋中太陽の香りがしています。うれしいな。
岐阜のアトリエからずーと大切にしてきた一枚の写真。カッキーとモモと蓼科でお友達になったと。うっすらと日付が1992.9.20とあります。
蓼科高原バラクライングリッシュガーデンが平成2年に開園しているので翌年に訪れた時の二人です。
まだ薔薇の花も少なく当然人も少なく私たちのお散歩には最高の場所でした。今は随分変わったのでしょうね。
のリードをもっているのが私です。フォトフレームはカッキーが記念で手作りしてくれたのにせっかくのレースが取れてしまいごめんねカッキー。
翌年長楽館へ行っていることになりますね。
とにかくこのころはオールシーズン、カッキーと蓼科にいたような…。諏訪湖のほとりもお散歩しましたね。北澤美術館で諏訪湖を見ながらお茶おして…。一階の窓が丁度額縁になるように設計してあって、時間のたつのも忘れ、とにかくあの頃は人が多くなくてゆったりとしておりましたね。
今は観光地として皆さん訪れて賑わっているのでしょうね。カッキーは今はママさん奮闘記状態です。一回りぐらい妹分ですから。(*´v゚*)ゞ
カッキーなかなか会えないけど今も心配ばかりかけてごめんね。でも奇跡が起こったらまたお散歩しようね。
庭のみかんを甥っ子が来て一つむいてくれた。すごーくいい香りに包まれて幸せ気分だったので一口。まぎれもなくミカンの味でした。昨日のことですが。
陶芸のフクロウは評判がよく、このこも高値で飛び立ってしまった。
試作の失敗作もそれなりに面白かったりするが、さすがに梟か何かわからない造形物は今も手元に。
今から16年前の8月11日。
京都円山公園の長楽館の前で、帽子がモモで、サングラスが育ての母です。
モデルの母のこの日のコーディネートはローラ アシュレイの洋服とバック。私は小柄でお直しの方が大変なのでローラのデザインでオーダー、帽子も作家さんに洋服に合うように作ってもらい満足。靴は白のショートブーツをお揃いでさらに大満足の馬鹿親子に、「ピーこさんファッションチェックお願いしまーす。」
東大谷へ叔母さんのお墓参りをしてから円山公園を散策して長楽館でおいしいチーズケーキとコーヒーを頂く。(ワイン好きにもうれしい処)ここに来ると時の流れが急にゆるりとなる…。
(長楽館は1909年(明治42)煙草王、村井吉兵衛氏が私財を投資してヨーロッパの様々な様式で作り上げた迎賓館です。建築てきにも必見です。)
八坂神社の鳥居を抜けて目指すはお食事どころ。一力さんの並びの料理屋さんでのんびりとお弁当を頂いて、この日は早々と帰宅したような…。
写真がないので残念。この日は女性4人で出かけました。デザイナーのアッちゃん(年齢不詳)美女です。車を出してくれたカッキーちゃんも、オシャレにはうるさいチャーミングな子で、若いのにいろんな事を良く知っていて彼女がいるとハッピーな気分で過ごせていくのです。
カッキーちゃんのお話はまた次に…。
美濃和紙太郎と檸檬です。
檸檬がアトリエにあると落ち着きます。
ときおり手に持って頬にあててみるとひんやりとして気持ちが良いです。
日本産の無農薬のが欲しいけれど手に入らないので残念です。
六花亭さんからごろすけ達と一緒におくってもらった「白樺羊羹」、卵が使ってないので私も食べれます。5種類ある中から栗をお友達に送ったら早速画像が送られてきました。
彼女の好きなゴロワーズと私が彼女に送った青木寿美子(陶芸作家)さんのお湯のみで…。
私はタバコを吸いませんが、ゴロワーズの箱と、両切りタバコを吸う女性の仕草に惹かれます。口に入ったたばこ葉を上手く唇まで運び指でつまみ出す。その一連のしぐさの美しさを見たとき大人の世界を感じました。まるでフランス映画のワンシーンのようですよ。喫煙者は肩身が狭い世の中ですが…。
そんな彼女に送った青木寿美子さんのお湯のみは可愛らしい織部ですが絵柄は抽象的だったように記憶しています。「青木寿美子」さんで検索すればこれまた素敵な陶芸の世界に出会えますよ。
六花亭さんはお電話の対応もよく、私の食べれる物と食べれないものをチェックしてカタログを送ってくれました。食品アレルギーの人でもおいしもの食べたいですもんね。流石、北海道を代表する名店です。
bibiちゃんに彼岸花のかんざし。
去年退院して最初に描いた犬の絵がbibiちゃんです。
下書き無のいつものペンがの技法からはじまってますね。
「 秋の音彩」額装しました。来月くらぜん五周年企画にだします。
原画はなかなか嫁に出ない時代になりました。時代のせいにしてはいけないですね。バブルの時代もかわりなく、ファンの方々にはかわいがってもらってます。
只、私の身体の状況が変わっただけのことですが…。
「桜の園」-時は流れて…。という作品を造形したことがありました。チェーホフの桜の園から作ったのですが、作品のどこかにいつもそれを感じながら見つめています。
素敵でしょう!ギャラリーこうのさんに山に「登ったら画像おくってくださいね。」とモモが話したこと覚えててくださっていてこの夏の思い出の、登山の画像送って下さいました。
この険しい岩肌にも可憐な植物があるんだろうなとか、この雲海の上をあるきながら、ちぎってたべてみたいなとか、あの月からヒラリヒラリと光のしずくが宝石になって舞ってきたらいいなあとか…。
画像の掲載許可を頂くまでの間にいろいろなこと空想してました。
山は神々しいですね。私は、ふる里九州の九重山しか上ったことないんですけどね。そんな元気な頃の写真が出てきたら載せますね。
どこかの山でブルーポピーにであえたらうれしいな。
今日は月2回総合病院へ行く日でした。
なんだかいつもより疲れています。クシャミも鼻水も出てきて
明日雨のせいかな。気圧アレルギーかも?同じ気圧アレルギーの人に聞いてみよう?
四葉のクローバーが似合う少年。
シャツを着ている子供って何故か品があって、おぼっちまいかがいたしましょう?なんて執事になってしまう。
保育園は、母の仕事が済むまでモモの楽園だった。
皆、保育時間を過ぎるとお友達は帰って行くなかで、お寺は私一人占め。流石に鐘つき堂から飛び降りることはやめたけど、今度はそこがモモ単独ライブ会場になる。当時の歌謡曲をご披露していた。誰の歌かは忘れたが歌謡本を手に入れて、わかる歌はそのページが擦り切れるほど歌っていた。
母も仕事を終えるとこちらに向かって「モモ帰るよ~。」と手招きして呼んでくれた。園長はじめ皆さんに「モモちゃんは大きくなったら歌手になれるね。」と言われたものだが、結果は今に至る…である。
子供の時は皆それぞれに天才だと思う。大人になるにつれて凡人になったと嘆くのはチト違うような気がする。子供には可能性があり、それを自分自身で知らないうちに選別機(多種多様な)にかけながら又は、かけられながら、一人の大人と言われる年になっていくだけのこと…。そこでの過程が非常に大切なのだけれども…。
この世の中に天才と呼ばれる人は世界人口からいったらほんの一握り(一つまみかも)で、その人たちを支えているのは残りの人々。私たちなのですよ。どんなに素敵な歌声も人々に届かねば意味がないのです。そして一番大事なのは素敵な事を素敵、ブラボーと言える人のことです。
それがわかる子に育ってほしいと私を応援してくれる子供たちに思いを馳せて…。とにかく元気で育てよ!
今朝は肌寒く秋の空気が吹き込んできました。体温調整が難しい。
何年か前にギャラリー是さんの野外展をやったときのタペストリーですが、現物はけっこうな迫力です。飲食関係の方やインテリアコーディネーター の方に評判がよかったです。
秋の野外展は蜂に困りましたね。場所が山だったので。
10月のくらぜん五周年企画展でまただすかも?個人所有になっているのですが、今はくらぜんさんに管理して頂いてるはずです。
今年は大きな四葉のクローバーが採れました。
あまり言葉を入れた作品は少ないのですが、「こころのさんぽみち」という言葉と、リハビリで歩く自分の姿の内面まで簡潔に表せたかなと思います。
先日、額装が違うタイプのが牧歌の里でどなたかのお目にかなったようで…。
この作品買われる方ってどんな方でどんな気持ちなのかすごく気になります。
今年2月ラ・メロディさんの個展で発表した「緑の香り」なんだか韓国映画の題名みたいですが…。
実はこの絵は、額が先にあって、著名な家具作家さんのものなんです。
かれこれ十年?ぐらい額にあう作品を描けなくて、レースをいれてアトリエに飾ってありました。
わざとアンティークに作られたその額は先生が商品としてではなく遊びでつくられたもの、それがまた素敵で一目ぼれして「モモちゃんなら」ということで私のもとにいたのですが。
先日きぶくろと箱が出来たのであらためて大垣のラ・メロディへ。ポストカードは以前載せましたが、原画はこんな感じです。
三十代の頃かな雑貨店を開いていました。今のようにシルバーアクセサリーがメジャーじゃなくて経営も大変でした。その頃、お客さんからというより妹みたいに思ってた子からもらった人形さんです。
タバコを毎日あげると願いが叶うからといって頂いたのですが、私はタバコを吸わないので、いただいた頃は買ってきてあげたり、他のお客さんに頂いたりして人形の口に銜えさせていました。
人形供養に出すとき、この子は何故かいつも出せなくて今ではこんな感じですが、アトリエの住人です。ちなみにこの子はフランスのタバコ?ゴロワーズが大好きです。肉体労働者ですから。
小鳥のお庭の絵も彼女から、彫金教室を始めた時にお祝いに頂いたものです。こちらは額が壊れて今シート状態で保管していますが、つい最近まで玄関にかざってあって、お客様が「モモちゃんの絵ですか?」とよく尋ねられました。額装せねば…。
実は私が彫金を始めたきっかけを作ってくれたのは彼女なんです。私は販売の方が先で、皆さんから、常々「御直しぐらい自分でやれるよになったら。」と助言頂いていました。なんやかやで、月日ばかり過ぎていく中、彼女から「実は私、彫金教室に少しだけ通ったことがあって…。今は止めてしまって道具だけあるんですけど使いませんか?」とのこと。願ったり叶ったりで、それから金属造形の世界へと入っていきました。
彼女は結婚してご主人(ある分野で著名な方なんですが、努力家で会話のセンスもある。)とと毎日を過ごしているみたいです。
モモは本当にいろいろな方々に抱かれて生きています。
犬種がちがうとそれだけで描きかたに迷ってしまう。
もっと気に入る画法が見つかるまでプードル系は習作が続きそう。
これに懲りずナナちゃん画像送ってね。
春の七草は食すもの。
秋の七草はめでるもの。
天気予報でいってました。
昨年描いたききょうです。七草は描けませんが…。
雨のゆり園幻想的ですね。子供たちはピースでごきげんかな。
今年前半子供たちの絵を描きましたが二人は仲良し姉弟モデルさんたちです。
いつも素敵な画像をお母さんが送ってくれます。ありがとう。
夏に入って絵はなかなか描けません。しんどいばかりです。
早々と、後援会の方からクリスマスのグリーティングカードが届きました。たくさんご入用の方は後援会の方へ連絡ください。もうすでに1か月以上待ちだそうです。毎年ありがとうございます。歳末チャリティーの世界です。皆さんありがとうございます。
くらぜん五周年企画
2009年9月30日から10月31日まで
営業:水・木・金・土曜日 am10:00 ~ pm4:00
紅茶専門店くらぜん 〒500-8185 岐阜市元町4-17 電話 058-262-1039
今年もくらぜんさんの企画展に参加できてうれしいです。昨年グリーティングカードがすぐに完売で見逃したというか、買い逃したかたがいらしたのでお早めに。
もうグリーティングカード?という感じですよね。後援会の方が作ってくださったのですがかわいいですよ。
今年、我が家に三匹の鈴虫くんがやってきました。もちろん勝手にやってきたのではなくどこからかもらって来たのでしょう。 夜になると羽を広げて、リーンリーンと鳴いてます。五月蠅くなくて外で飼っているのでちょうど「涼」を感じるBGMです。
と思いきや、なんのなんのコオロギも負けていません。こちらは自然発生数。他にも何かわからないけど虫の声。
私の腹も鳴って、おならと一緒に秋の夜の演奏会となるのです。
1964年の東京オリンピックは、保育園のお寺で見た。当時テレビのある家は少なく、大勢の人が寺に来て開会式を正座して見ていたような記憶がある。
何かすごいことなんだ。と大人たちの間をわってテレビの画面に集中!のモモではあったが、なんだか兵隊さんが行進しているだけのようで、飽きてしまった。
オリンピックの影響がいろいろな所にあらわれた。
当然、保育園の子供たちの中にも。皆の遊びが急に活発になった。というか危険な遊びが増えた。それまでは、お砂場はお砂場遊びの為にあったのが戦いの場になっていった。
お寺の保育園なんだから、鐘つき堂があって当りまえなのだが、なんと都合よくお砂場はその下にあった。「あそこから、砂場の一番遠くに飛んだ子が金メダルや!やるもんこの指とまれ。」みんな我も我もと名のりをあげ、つぎつぎとその競技に挑んでいく。
すると、「やっぱ、女はあかんなあ~。誰もやらんのか?」と快活に男の子の声が聞こえた。「女だって飛べるわ!」と言ったあとで後悔しているモモがいた。「飛んでみい。」砂場の子供たち皆の視線が集まる。誰一人止める者などいない。
鐘つき堂に上がって下の砂場を見た瞬間、(タカーい)その時から高所恐怖症というものを知った。(後へは引けぬ)勇気をふりしぼって「えい!」着地成功。「モモちゃんすごい!」豚もおだてりゃ木に登る。「こんなの何回でもできるわ!」と取り巻きの女の子たちの間をぬってまたチャレンジしようとしたその時、「あんたらなにしとるのー!」クモの子を散らすように皆逃げ出した。私の母だった。
母は体中を砂を払うように軽く叩いて「何ともないかい?」とだけ言って職場にもどった。しっかりと見られてた。
その日の帰り道母はなかなかお話してくれなかった。気まずかった。
急に母が小さな川の土手に道を変更したので、とことこついていくと母は立ち止まって「あそこが達ちゃん家。」と指をさした先に、前に住んでいた家が見えた。「モモちゃん、あんたは負けん気がつよか。今度鐘つき堂から飛んだら手術したとこから割れて、赤い血がいっぱい出るかも知れんよ。」それだけ言うと川沿いに家路に向かった。
(お腹がわれて真っ赤な血)想像しただけでぞっとした。その晩、父と鼻歌でお風呂に入っていつものように体を洗っているとき、お腹の手術の後をみて(われませんように)とおまじないをかけてモモの東京オリンピックは閉幕した。
まだまだ昼間は暑いけど朝晩ときおり涼しさというより、寒い日もあったりと身体が悲鳴をあげてます。
とはいえ、今日から9月。秋のメッセンジャー達は私の近くにもやってきました。
早稲が穂をだしました。
鈴虫が毎晩鳴いてます。
私は生きてます。
何週間か前に、これが本当に朝顔?というような葉っぱの苗が庭に植えられた。
今朝はじめて花を咲かせました。疑ってごめんね。
花の手前にみえる5枚に葉がわかれているのがそうです。
新種?それとも…。知ってる方いらしたら教えて下さい。
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